2026年03月02日

昭和35年「少年マガジン」20号 「13号発信せよ」最終回 高野よしてる

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表紙モデル・港区青南小学校6年生古谷英二君 パッツン前髪がかわいい。
鯉のぼりは「人形の吉徳」

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「音速の20倍 親子旅客機」絵・小松崎茂

「あふれる闘志」若乃花幹士

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「怪傑ハリマオ」石森章太郎 原作・山田克郎
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「崑ちゃん」江原伸

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「マッハ三四郎」九里一平 原作・久米みのる
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「オイチニ坊や」そのやましゅんじ

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ニュース質問箱「おそろしい水俣病」
昭和28年 水俣病と公式確認されている第1号患者、水俣市出月、当時5歳11ヶ月)が発病(患者番号1、S31.3.15死亡)
昭和31年 熊本大学研究班、第1回の研究報告会で、ある種の重金属中毒、人体への侵入は魚介類による、汚染源として新日窒水俣工場排水が最 も疑われる、等と結論。
昭和33年 厚生省、参院社労委で「水俣病の原因はセレン・タリウム・マンガン、発生源は水俣工場の廃水」との見解を発表
昭和34年 水俣市奇病研究委、水俣市八幡の漁師の男性を水俣病と決定。以後、水俣川河口附近で発病者相次ぐ
厚生省食品衛生調査会、水俣病の主因は有機水銀である、と厚生省に答申。
昭和38年 熊大研究班、水俣病の原因物質はメチル水銀化合物、それを水俣湾内の貝・新日窒水俣工場のスラッジから抽出、などを公式発表

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「アパッチ投手」石川球太 原作・佐野美津男
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「13号発信せよ」最終回 高野よしてる
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前頭 大鵬幸喜 19歳

posted by たまちゃん at 19:50| Comment(2) | 少年マガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もこの頃の「少年マガジン」を何冊か所有していますが石森先生の「怪傑ハリマオ」表紙画でバックルにトラの絵があり「ハリマオ」が「虎」だというのにようやく気がつく幼い子供でした。ところで「13号発信せよ」は連載開始当時はすごい人気でしたがこうして最終回を迎えていたのですね、どんな人気作品も最終回はほとんど記憶にないのが当たり前ですが唯一といっていいくらい覚えているのは「赤胴」です。何と登場人物全員が宝塚舞台のフィナーレのように並んで読者に手をふっていたのが忘れられません。
Posted by 白井祥隆 at 2026年03月04日 08:22


>白井祥隆さん

週刊連載は基本16ページなのですが、「13号発信せよ」最終回は10ページなんですよね。なぜなんでしょう。
Posted by たまちゃん at 2026年03月09日 19:34
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