昭和19年「少年倶楽部」4月号 A5判 P114
表紙・岡 吉枝
裏表紙・金鵄勲章、勤労顯功章“いざ征け皇国の少年戦士!!”
物資が不足する中、これまで十数種発行されていた児童雑誌は五つだけ発行することに決められ、講談社では「少年倶楽部」「少女倶楽部」の二誌がその中に加わり弟妹雑誌の「幼年倶楽部」「コドモエバナシ」が休刊となります。
“天長節の朝” サトウ・ハチロー
“森迫親正” 絵・山口将吉郎
“いよいよはじまった軍事教練”
“さあぼくらもさつまいも増産”
学校の校庭はさつまいも畑になりました。
「ダンちゃんの荒鷲」 島田啓三
ボルネオの昔話「口のうまいかめ」 久米元一
「手旗現字通信」
授業に取り入れられることになった軍事訓練。
「若き撃墜王 穴吹」
歴史小説「楠木正成」 大仏次郎 絵・斉藤五百枝
「靖国神社の英霊に捧げる文」
「敵艦隊撃滅」 絵・椛島勝一
「笑い話」
ほとんどが戦争関連でとても笑えません。
「空襲のとき ぼくらはどうするか」
空襲の際の避難の心得。
愛国熱血事実物語「マライの虎」
昭和初期にマレー半島で活動した盗賊 谷豊の物語。
谷豊はテレビドラマ「怪傑ハリマオ」のモデル。
「ぼくらは楽しい少年兵」
“楽しい”わけないと思うのですが。
読者文芸募集
賞品は「貯蓄債券」 「弾丸切手」
「弾丸切手」とは戦時中に発行された割増金付き郵便貯金の債券で、買った貯金が(武器としての)弾丸の資金になることから付けられた愛称で、通常の切手としては使用できませんでした。
広告欄 キングレコード改め富士音盤の…
英語の使用が禁止されたことで変更したのでしょうか。
昭和19年「少女倶楽部」六月号 A5判 P68
同時期の「少年倶楽部」と比べるとページは半分ほど。
表紙・高井貞二
薙刀をふるう勇ましい少女ですが、この時期の少女雑誌・女性雑誌はみんなこのような“銃後”の様子が描かれています。
「少女の友」では、中原淳一は戦争中でも女性らしい身だしなみを忘れてはいけないと美しい少女絵を描いていたのですが、それが当局に目をつけられ圧力がかかります。
編集部にも読者からの投書が。
“女々しい少女を描かないで” “もんぺ姿で働く軍国少女を”
しかしそれらは実際の読者ではなく“銃後の妻”達が書いていたそうです。
女の敵は女ですね。
中原はこれをきっかけに「少女の友」とは訣別することになります。
敵米英を撃滅するためにあらゆる力を総動員しましょう。
↑「はばたけ翼」 絵・林 唯一
“この翼が米英の鬼どもを、たたきふせてくれるのだ”
軍機の翼の塗装に励む少女たち。
林 唯一氏も戦前は中原淳一と同様華麗な少女画を描いていました。
「楽しい学校のお食事」
随分整った給食の様子だなと思ったら“日本女子大学校付属豊明初等学校”
名門校だからなんですね。
手芸コーナー “非常持ち出し用二重風呂敷”
漫画「汽車ごっこ」 井上一雄
「潜水島」 海野十三 絵・林 唯一
戦争とは全く関係ないミステリー物。
「六月のお便り」
“川島先生の「お茶がらをたべませう」を見てから、今まで捨てていたお茶がらを、毎日ご飯に入れたりみそ汁に入れて、いただいています。お母さんも良いことを教わったと喜んでいます”
お茶がらなんか食べて美味しいんだろうか?と思って母に聞きましたら「戦時中でも食べたことないし、食べたと言う話も聞いたことがない」と…(^_^;)
でもこのお便りの様に、確かに食べた人もいたんでしょうね(^_^;)
posted by たまちゃん at 21:12|
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